2009年11月27日 読売新聞東京本社 朝刊
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日本には、教育の結果として子どもが身に着けるべきことの基準が存在しません。学習指導要領は、子どもに教える内容の基準であり、子どもが達成すべき目標ではありません。国として子どもをどういう状態にしたいのか、目標を決めずに今日まできたことに根本的な問題があります。

目標設定で第1に重要なのは具体性です。ところが、教育については、誰もが「あいまい病」に陥ります。「生きる力」や「確かな学力」は、目標ではなく、スローガンに過ぎない。「○○力を高める」も同様です。具体的にどういう状態を目指すのか特定しないと目標とは言えません。

■測定できるもの

目標には、検証可能性や測定可能性が必要です。定量的比較が無理なら、定性的比較でもかまいません。結果と比較できないものは、目標とは言えないのです。

ちなみに、国際学習到達度調査(PISA)で何位を目標にするか、文部科学省は決めていません。みんながあまり気にするので、PISA対応に必死ですが、仮にトップになっても、社会人としての能力には結びつかず、いじめもなくならないでしょう。

G8の国は、PISAの成績はほとんど15位以下ですが、あたふたしているのは達成目標を持たない日本だけ。「我々は民主的に決めた目標に向かっているので、相手にしない」とフランス政府などは言っているそうです。

目標設定のポイントの2番目は、「すべての子どもが身に着けるべきこと」と「それ以外のこと」を区別すること。その線引きをしないから「結果平等は悪」と言われるのです。九九や基本的な漢字の習得は、結果平等でなくてはいけない。まず全員が達成すべきことを特定すべきです。

ポイントの3番目は、目標を設定するということは、何かを切り捨て、何かを選択するということです。日本は明治時代から、良いことはすべての子どもに、という方針できた。最近で言えば、ITや外国語、環境などですが、選択をせずに一律に詰め込んだため、教育現場に混乱が起きました。

4番目は、教育は「日本を良くする」「日本人を幸せにする」という大目標のための手段だということ。まず「将来の国家のあり方」を国民が選択・決定しなければ、教育のあり方は決められません。

■手段との関係

手段を考えるとき、日本では精神主義が横行しますが、意識や心を変えれば問題が解決するものではありません。意識のせいにするとシステム改革がおろそかになります。

手段選択のもう一つは、「目標と手段の混同」を避けることです。この混同が起こりやすいのは、手段自身に価値があると誤解されているときで、その典型が教育です。価値があるのは、子どもをある状態にすること。教育活動そのものではありません。

◇おかもと・かおる 1955年生まれ。文部省課長などを経て政策研究大学院大学教授。専攻は地域地理学。著書に「日本を滅ぼす教育論議」(講談社現代新書)など。

〈現場から〉

◆学習到達度数値で設定

放課後の教室に5年生児童が13人集まり、算数のプリントを解き始めた。東京都三鷹市の市立第二小学校は、週1回程度、各学年の担任に加えて地域住民も手伝い、国語や算数の補充学習を行っている。

到達度60%未満の子どもの減少を目指す--。同小では、こんな数値目標を掲げ、基礎学力の確保に取り組んでいる。補充学習はその一環だ。

到達度は、2005年度に導入された市独自の学習到達度調査で判定する。調査は毎年5月、小5から中2までを対象に実施し、結果は夏休み前に各校に通知。各校は、市が設けた各学年、各教科の期待正答率と照らし合わせるなど、夏休み中に結果を分析し、新学期からの授業の改善に活用するという仕組みだ。

「客観データによって児童や学年の弱点が分かり、担任の指導改善に役立っている」と池田浩夫校長(54)は話す。

同市では、市立の小中学校の一貫教育校化を進め、今年9月、全市で完了している。同小の到達度の目標は、同小と共に一貫教育校を構成する小中学校で共通のもの。目標設定の初年度は到達度50%未満の減少を掲げ、改善が見られたため、今年度から60%未満へと引き上げている。

横浜市では、12年度の全市の小中一貫化に向けて、市教委が小中一貫の「横浜版学習指導要領」を教科ごとに作成し、全教師に配布している。

「横浜版」は、国の指導要領で示された内容を、子どもが習得する「最低基準」と明確に位置づけたのが特徴だ。また、最低基準の確保に向け、子どもの実態に応じて行うべき指導を「補充的指導内容」として明示し、発展的指導へとつなげている。

先行して来年度から一貫校になる金沢区の西金沢中学校と釜利谷西小学校では、両校の教員が互いの授業を見学しながら、一貫カリキュラム作成に向けた合同研究会を重ねている。小5の算数の授業を見学した同中の長谷川祐子校長(53)は、「小学校の指導内容を把握していれば、中学の授業も組み立てやすい」と話していた。(文化部 関仁巳)