2009年5月5日 読売新聞東京本社 朝刊
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全国学力テストでの低迷打破を目指す大阪の試みは、教育改革の試金石になるのだろうか。

「ヨーイ、スタート」。ストップウオッチを持った男性教師が声を掛けると、5年生の児童約20人が一斉に「百ます計算」に取りかかる。「はい」。開始から1分を過ぎると、計算を終えた児童が次々と声を上げた。大阪府の南端にあり、和歌山市に隣接する岬町立多奈川小学校。4月中旬の午後、授業前の10分間で、子供たちは百ます計算と、割り算100問のプリント2枚を素早くこなした。

「応用問題が弱かったのは、基礎基本が徹底していなかったからと考えた」と矢萩純子校長(58)。2007年度から授業前の時間を活用、朝は漢字の音読や読み書き、午後は計算と、全学年で週4日の反復学習に取り組んでいる。

同小では、児童の生活習慣の改善にも力を入れている。バランスの良い朝食になるよう、保護者向けの調理実習を年3回開いており、今はほとんどの児童が朝食を食べる。

同小で年3回実施する算数テストの08年度の平均点は91.2点。ここ数年は横ばいで数字上の効果は分からないが、矢萩校長は「朝から反復学習をすることで脳が活性化し、1時間目から授業に集中できている。基礎の力は付いてきた」と、手応えを感じている。

全国学力テストで2年連続で全国平均を下回った大阪府。昨年2月に就任した橋下徹知事が、学力テストの結果を受けて10月に打ち出した緊急対策の目玉の一つが、授業前の10〜15分を使った計算や漢字などの反復学習の推進だ。

府教委は学校への支援策として、小学校は約40種類、中学校は約90種類の教材や、百ます計算の指導例を盛り込んだ教員向けのマニュアルを作成し、インターネットで取得できるようにした。

府教委によると、政令市の大阪市と堺市を除き、すでに何らかの形で反復学習を行っている小中学校は約8割に上る。ただ、以前から熱心な学校から消極的な学校まで、取り組み方はまちまちだ。

府内のある市立小学校の場合、朝は読書や集会、教員の打ち合わせなどがあるため、継続的にできていないという。別の市立小学校の校長は、「結果を求めすぎると、表面的な教育に陥る学校も出かねないのでは」と話す。効果は認めながらも、百ます計算に違和感を覚える人もいる。

反復学習が学力向上への切り札となるのか。8月末に公表される全国学力テストの結果がその一つの答えになる。(名倉透浩)

◆トップダウンに抵抗感も

橋下知事は、過激な発言を織り交ぜながら府教委や市町村教委を批判することで、教育改革を進めてきた。自ら〈改革請負人〉として招き入れた教育界の著名人たちのアイデアを、府民に直接アピールする手法も取り入れ、これまでの教育行政とは一線を画している。

象徴的なのが、昨夏に展開した教育委員会批判だ。昨年8月26日に行われた府教育委員との懇談で、橋下知事は「大阪の公教育は信頼を得ていない」と切り出し、戸惑う委員らを「ビジョン、具体策がない」と切り捨てた。

3日後、全国学力テストで2年連続の低迷が明らかになると、「このざまはなんだ」と一喝。「教育非常事態」を宣言し、任期満了を迎えた委員2人を再任せず、百ます計算の実践で知られる陰山英男・立命館小学校副校長らを新委員に迎え入れた。

さらに、大手塾による放課後授業「夜スペシャル」の実践で知られる東京都杉並区立和田中の前校長、藤原和博氏を府教委特別顧問に招くなどして学力向上策を推進。百ます計算などの反復学習のほかに、「ニンテンドーDSの活用」「大手塾との連携」を打ち出した。

こうしたトップダウンの改革には「いじめや不登校など、様々な課題を抱える学校の実情がわかっていない」と、教員の抵抗感は強い。特に習熟度別授業や放課後学習支援を全公立小中学校で展開することには、「各校の実情を考慮してほしい」との声が漏れる。(森重孝)