2010年9月19日 読売新聞東京本社 朝刊
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◆論争 デジタル教科書 「学ぶ力」低下に懸念

急速に進む教育現場の情報通信技術(ICT)導入について考えるシンポジウム「デジタル時代の教育を考える」(読売新聞社、文字・活字文化推進機構主催)がこのほど東京都千代田区の日本プレスセンターで開かれ、政府が導入を進めるデジタル教科書の特徴や課題について、活発な議論が繰り広げられた。会場では、約350人が講演やパネル討論に聞き入った。(パネル討論のコーディネーターは丸山伸一・読売新聞論説委員)

 

■基調講演

◇藤原正彦氏(お茶の水女子大 名誉教授)

◆想像力を養えるのか

デジタル教科書を日本中の小中学校に配備する話が急に進み、皆あっけにとられています。日本では30年ぐらいずっと教育改革が行われてきたが、すべて間違いでした。ゆとり教育、国際化、多様化、個性、自主性などの美辞麗句にうっとりしたまま改革を進めてきたからです。

自主性や個性を尊重してきたアメリカでは基礎学力ががた落ちになり、1980年代から日本の教育を見習い始めました。イギリスも同じです。

日本の初等教育はこの3〜4世紀、世界で断然に優れていた。江戸時代初期の識字率は推定50%。当時、世界で最も進んでいたロンドンでも25〜30%でした。17世紀の算術書『塵劫記(じんこうき)』はベストセラーになり、算数の力も向上しました。

ところが、美辞麗句に彩られた改革で学力はどんどん低下した。米英が捨てた子供中心主義を採ったからです。大人が子供の将来のために何が大事かを考えなければならないのに、子供に合わせてしまった。子供は弱者だから傷つけてはならないという考え方では、しつけも教育もできません。九九や漢字などは、たたき込む以外ないのです。

教育の一部でIT機器を補助的に使うのは当然ですが、教科書を全部デジタルにするのは問題です。計算練習を機械的にやるには良いが、数学の応用、証明問題はどうするのか。コンピューターでは独創的な証明が正しいかどうか判定できず、論理的思考を養うことができません。国語でも文章を読んで情景を想像するイマジネーションが重要。虚構の絵がパッと出る教科書でいいのでしょうか。物事と物事を関係づける想像力や連想する力は、すべての創造性の源泉です。

本を読まず、我慢する力を失った子供たちをどう鍛え直すか。初等教育で重要なのは一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数、あとは十以下です。とにかく本に手を伸ばす子供を育てれば、学級崩壊、いじめ、不登校など、ほとんどの問題は解決するのです。

◇ふじわら・まさひこ 米コロラド大助教授などを経て現職。『国家の品格』『名著講義』など著書多数。

 

■主催者あいさつ

◇老川祥一(読売新聞 東京本社社長)

◆子供への影響 十分検討を

政府は今、小中学校の教科書をデジタル教科書にする計画を進めています。今秋から一部の小学校で実証実験が始まります。経費削減になるとか、視覚に訴えるので授業もしやすいといった指摘も多いが、本当にそうなのかという疑問、急いで導入していいのかといった懸念の声もあります。

子供同士や子供と先生のコミュニケーション能力低下の心配もある。教育の基本である手書きがおろそかになったらどうなるのか。家庭も学校も電子機器だけになるのはどうなのか。

アメリカでは、情報端末の使い過ぎによる注意力散漫などが問題になりました。体や精神の発達に悪影響がないかを研究する動きが起きつつあるのです。

もちろん、ICTが必要な面もあります。読売教育賞の今年度の最優秀賞は、白血病の小学校の先生が集中治療室からテレビ電話で子供たちに命の大切さを教えるという実践でした。大事なのは、子供たちにどんな影響を与えるかを十分検討することなのです。

 

■現場の取り組み

◆板書や話し合い 基本をしっかり

◇鈴木寛氏(文部科学副大臣)

◇中川一史氏(放送大ICT活用・遠隔教育センター教授)

◆紙と鉛筆 なくさない/鈴木氏 機器活用 場面選んで/中川氏

――まず、近年の「学校の情報化」と文部科学省の取り組みについてお話しください。

鈴木 政府で教育の情報化について議論が提起されたのは1985年の臨時教育審議会でした。翌年の答申で読み書きそろばんに並ぶ基礎として位置づけられました。85年に第1次教育用コンピューター整備計画が作られ、90年の第2次計画では、「小学校は各校3台、中学校は22台、高等学校は23台」と、初めて目標が掲げられました。94年からの第3次計画で1人1台のパソコンで授業する環境を整備。98年には学校にインターネット回線を引き始めました。

昨年の政権交代当時、電子黒板を一挙に入れる計画がありました。可能性と限界を熟知した上で対応する能力がある教師がいるか議論しましたが、十分ではありませんでした。ハードとソフト、ヒューマン(人間)と三つがバランス良くあって初めて、学習がちゃんとできるんじゃないかという議論を始めていこうと考えたのです。

認知心理学のような視点を入れてもう一度考え方を作り直そうと検討し、先般、「教育の情報化ビジョン」の骨子をまとめました。

――海外はどうでしょうか。

村上 米カリフォルニア大学の研究者グループが、これまでの30万年間、人類がアナログの形で積み上げてきた情報をデジタルで表現すると、12エクサ・バイトになると推計しています。12エクサ・バイトは、120億ギガ・バイトで、DVDでは25億枚が必要な量です。

ここ十数年のICTの発達は、教育手段にとって革命で、各国は競って学校教育のデジタル化をやっています。2年ほど前、総務省が教育分野のICTの国際比較をしましたが、主要国中、1位はシンガポールで日本は最下位レベル。ICTは国際競争力の点からもどんどん重要になっており、日本は一日も早く世界のトップになってもらいたい。

これから必要とされる人材は、情報を全部覚えて効率よく使えるという秀才型よりも、複雑な情報環境の中であっても自分の意見をつくり、堂々と発言できる人。交渉と説得もでき、チームでやれる人です。

そのためには、学校教育のパラダイムチェンジ(根本的転換)が必要です。これまでの1方向で放送型の教育から、もう少し双方向で協働型のチームでやるような教育に変わらなければいけない。学校教育も情報化に対応しなければならない。

――学校現場では今後、ICT機器を使った授業が増えていくのでしょうか。

中川 ICTは道具の一つ。教師はICTだけで授業をするわけではない。黒板に整理して書いたり、考えを話し合う授業場面を構成したりする従来の授業スタイルがしっかりしているからこそ、ICTの活用が光る。例えば理科なら実験や観察が主であることは言うまでもないことです。

動画制作の授業は、映像に合うナレーション原稿であるかどうかの言葉の吟味をしっかりとやっている。動画制作することが目的ではない。理科でも、実験や観察が主であることは言うまでもありません。

教育はデジタルか紙かの二者択一ではない。ICTの特徴を生かし、授業のどの部分を担うことに意味があるのか、便利なのかをまだまだ検討する必要があるのでは。ただ悲観的に批判するのではなく、授業を良くすることにどう向かうかという話だと思います。

――コンピューター科学の専門家としていかがでしょうか。

新井 コンピューターがやっていることは計算に過ぎず、九九などの延長です。計算の手順がわからないことは、コンピューターには実現できません。

コンピューターの内部で勉強すると、コンピューターができることを非常に不完全に、しかも遅くしかできない人間しか生み出しません。21世紀を生き抜く人材は絶対に育たないと断言できます。

子供たちは十数年後には労働者として社会に出ますが、その頃は多分、家庭用コンピューターであっても、1人の人間の計算能力をはるかに凌駕(りょうが)する能力があります。

コンピューターと同じところで戦っても勝ち目はないので、人間しかできないことをやるしかない。となると、俳句とか恋をするとかを考えてしまいますが、そこでは労働者としては勝てない。だから、コンピューターにはできないような人間としての能力を今以上に高める教育をしなければならないのです。

考えることに対する大学生の胆力がどんどん落ちています。多分、わからないことがあるとすぐにインターネットで調べられることと無関係ではないでしょう。リポート問題を出すことも難しくなっている。大抵の場合、模範解答がネット上に用意されているからです。このままでは写すという作業しかしない学生を育ててしまいます。

人間としての能力を高めるために必要な教育とは何なのか。コンピューターで大量の情報を常に使えるのがいいのか。それともコンピューターに頼らない方がコンピューターに勝ち抜く人間力がつくのか。判断は難しい。教育を安易にコンピューターの上に乗せ、ソフトウエアに教えさせることは多分、本当に教育の崩壊につながると思います。

◇すずき・かん 参院議員。旧通産官僚、慶応大助教授などを経て昨年9月から現職。専門は情報、教育、医療。

◇なかがわ・ひとし 小学校教師、金沢大教育学部助教授などを経て現職。専門は学校でのメディア活用。

■可能性と課題

◆「情報の選別力」 ネットで身につかず

◇村上輝康氏(野村総合研究所シニア・フェロー)

◇新井紀子氏(国立情報学研究所教授)

◇黒川弘一氏(光村図書出版取締役企画開発本部長)

◆段階的な導入が必要/村上氏 教員の質 落ちる危険/新井氏 自由度高い授業可能/黒川氏

――デジタル教科書の話に入りたい。

黒川 2000年に開発を始め、05年に国語デジタル教科書を発売しました。デジタル教科書は「指導者用」と「学習者用」に定義付けされていますが、教科書会社が出しているのは、紙の教科書と併用する指導者用の提示型教材です。

「指導者用」のポイントは、もっと豊かに、わかりやすく、自由に、簡単にということ。教科書には多くの内容が求められ、来年出るものは今の1.3倍です。紙には限界があり、デジタル化によって分量的、内容的にも豊かになります。

デジタル教科書は正解主義的で、思考停止を促す危険な道具ではないかという意見もありますが、実際に学校で使ってもらうと、提示された文章や資料を根拠にクラスで議論ができるので、思考が活性化。学年を超えた活用など教科書を立体的に活用できるため、自由度の高い授業が可能になります。

普及の阻害要因はインフラが足りないことです。ソフトを買う予算もない。自治体や学校の理解も不足しています。「指導者用」をまず一般化するという段階的導入が必要ではないでしょうか。

――学習者用のデジタル教科書については、数学の学会、数理論理学といった立場から問題点が指摘されています。

新井 まず、実験や観察の時間の縮減につながらないか、大変懸念しています。実験なしで学習した場合、試験の点数が取れても現実に理科的な思考ができなくなるのでは。宇宙でも気候でも、自由に直接、実験や観察が可能だというような誤った直感を持たせないでしょうか。

児童生徒がプレゼンテーション偏重、文章力軽視とならないかも心配です。耳で聞いて理解することや読んで理解する力が落ちないか。教員も簡単にデジタル任せにし、授業を工夫する力が落ちないでしょうか。

――仮に学習者用デジタル教科書を導入するとしたら、弊害を防ぐためにどうしたらいいでしょうか。

村上 慶応大で5年間教えていますが、自前の電子資料をダウンロードできるようにし、デジタル教材だけで授業をしてきました。3年目、授業で学生のディスプレーが全部見える所に立つことがあったのですが、私の資料を見ている学生は3割に満たず、ほかの学生はほとんど別のページを見ていた。びっくりしました。アメリカではデジタルディストラクション(情報機器による注意散漫)と呼ばれ、問題になっています。

心配なのは、児童生徒がいつでもどこでも膨大な情報にアクセスできることです。学びや学ぶべき物とは何なのか、本物と偽物をどう区別するのかなど、学びの基本的スキルをインターネットは教えてくれない。それが出来上がっていない段階で、膨大な情報を入手するスキルだけをつけるのは非常に危険です。

小学校では全くデジタル機器を持ち込まない、中学校になったらどんどん導入し、高校になったら紙の教科書を一切使わないなど、段階的でメリハリのついた導入が必要では。

――2015〜20年までに全員に配備するという政策論議が先行していますが、肝心の教育の部分を文科省はどう考えているのでしょうか。

鈴木 デジタル教科書は古くからある話で、突然言い始めた訳ではありません。教科書や教材をデジタル化し、電子黒板やパソコン、携帯情報端末で見られるようにするだけです。電子黒板は多くの学校に入り、教師用のデジタル教材も充実する見通しですが、使いこなせる教員をどれだけ養成していくかが心配です。

学習者用教科書を紙からデジタルに置き換えるなどということを、私は一回も言ったことがありません。少なくとも小学校段階では毛頭考えていません。今の硬いぶ厚い情報機器では、まだ紙に負けている。デジタルが紙に取って代わる部分は限定的だと考えないといけないのです。

鉛筆の学びというのは、少なくとも100年間の蓄積の中で試行錯誤されて、洗練されて残っているものだというのが学習科学の立場です。小学校段階では、紙と鉛筆とノートをなくすことはあり得ません。ただ、デジタル教材で書き順を学ばせると正解率が高くなることなどから、部分的に使うのは小学校についてはあると思います。

高校や中学校の一部はデジタルでもいいかもしれない。インターネットを入れる時も、実証実験を積み重ねて、あらゆる分野の研究者に入ってもらいました。何より大事なのは実践者のフィードバックであり、実証実験をすることです。

――丁寧な実証実験をお願いしたいと思います。ほかに留意すべき点は。

新井 デジタル教科書が「検定教科書」になったとすると、毎時間使わなければならず、プログラム化したソフトの内部で子供を学ばせることにつながる。あくまで教材の一つとして教師が必要に応じて使えるのが望ましいのです。

黒川 学習者用デジタル教科書の導入には、検定制度の見直しや著作権法改定への議論が必要になると思います。特別支援教育への配慮や教員研修なども含めた総合的な支援も重要です。

中川 学校現場では、総務省も文科省もない。予算、体制など全面的なバックアップをお願いしたい。ICT支援員も各校に必要です。

村上 技術的なことは、これからは先生も生徒も放っておいてもできます。大事なのは、30万年間の人類の文化とか文明をアナログに理解している我々の世代が、デジタル教育の中にアナログ的なものをどう組み込めるかです。

鈴木 いかにいいところを活用し副作用を最小化するかという議論を積み重ねていく。我々の政権は総合的なコミュニケーション力を大事にしたい。可能性を増やす環境整備が遅れることのないよう、検証や研究、そして人材育成に万全を期したいと考えています。

◇むらかみ・てるやす 慶応大総合政策学部特別招聘(しょうへい)教授。ユビキタスネットワーク論などIT戦略分野で提言活動を展開。

◇あらい・のりこ 日本数学会教育委員長。専門は、数理論理学。遠隔教育のシステム開発などに詳しい。

◇くろかわ・こういち 生活科教科書編集長、開発部長などを経て現職。「国語デジタル教科書」などの開発に従事。

 

■普及進む電子黒板

◆現場「分かりやすさ」実感

パネル討論に先立ち、中川一史・放送大教授が、教育のICT化について背景説明を行った。それによると、デジタル教科書のうち「学習者用」は、韓国が進んでおり、モデル校で1人1台の情報端末を使った授業が展開されている。

日本では、電子黒板などで使う「指導者用」が先行。昨年度の補正予算で、電子黒板とデジタルテレビが多くの学校で導入された。電子黒板は現在、全国で5万6,000台で、1校で平均1台ちょっとだが、デジタルテレビは多くの地域で全教室に導入された。

直角の引き方を説明する時、これまでなら大きな三角定規を使っていたが、電子黒板やデジタルテレビなら子供たちが普段使う三角定規を映して説明できる。大事な場面では電子ペンで書き込みもできる。このように拡大提示することを始めとして、活用できる場面はたくさんある。

文科省は昨年、ほぼ全教室に電子黒板を導入した115校のモデル校を調査研究校に指定した。同省がその4,000人以上の教員に調査したところ、子供の集中力が高まった、わかりやすい授業ができた――など、電子黒板のよさを実感した回答が多く寄せられた。これは、電子黒板が全教室に入ったことが大きいという。運搬や接続に時間がかかると、日常的に使うのが難しくなるからだ。

電子黒板、デジタルテレビ、指導者用デジタル教科書などは、ドリル学習など正解のある問題を解くためだけに効果を発揮するものではない。子供たちが一緒に考えを深めたり表現したりするためにも使える。

 

■会場の声

◆アナログにこだわりたい

千葉県柏市、通信制サポート校教員の高橋智明さん(41) 「ページをめくり、文章から情景を想像するなどアナログな方法にこだわりたい。感覚的かもしれないが、そこから学び取るものがあると思う」

◆注意力散漫になる

東京都武蔵野市、大学4年安川友里子さん(21)「学習の効率化をはかれるデジタル教科書の可能性を強く感じた。ただ、注意力散漫になるなどの危険もあると思う。導入するならば弊害について慎重に調べるべきだ」

◆情報に「受け身」心配

東京都府中市の主婦小坂きみ子さん(51)「学ぶ環境がここまでデジタル化していることに驚いた。子供が情報に対して受け身になり、自分で調べる意欲や能力がなくならないか、親として心配になった」

◆授業、今のままで

神奈川県綾瀬市、主婦遠藤成子さん(68)「デジタル教科書だけで学習するのは反対。小学校の学習ボランティアをしているが、読み書きの基礎を学ぶ段階では今までの授業のやり方も必要だと思う」

◆授業に集中できる

東京都杉並区、会社員酒井茂さん(55) 「教育の質の向上のため、デジタル教科書は導入すべき。視覚に訴えるため子供たちは授業に集中し、記憶にも残る」

 

◎この特集は、文化部・多葉田聡、社会部・加納昭彦、政治部・田島大志、地方部・矢子奈穂が担当しました。