2010年10月4日 読売新聞東京本社 朝刊
新聞記事の画像

日本の子供(15歳未満)の人口は今年、1,694万人と最少記録を更新した。29年連続の減少で、総人口(1億2,739万人)に占める割合も13.3%と過去最低となった。総人口が減少局面に入って初めての国勢調査も実施中だ。子供の少ない時代に何が起きているのか。また、何が問題なのか。「子ども学」で知られる社会学者の本田和子氏(79)と、生物学者の福岡伸一氏(51)に語り合ってもらった。

 

◆大人社会が子供を忌避/社会学者・本田和子氏 子持つ豊かさ認識なく/生物学者・福岡伸一氏

――今の少子社会をどう見るか。

本田 子供が少なくなったから大切にされて良いはずが、必ずしもそうではない。遊ぶ場所も少なく、本人が望むと望まざるとにかかわらず早期教育のレールに乗せられ、四苦八苦している。一方で児童虐待も目立っている。

福岡 確かに時代は変容しているが、子供が自らの「センス・オブ・ワンダー」(自然の不思議を受け止める感性)で、世界の中で面白いものを見つけ、学び取っていく力に変わりはないと私は信じている。若者を「なっていない」と批判する声はいつの時代にもある。だが、例えば平面的だったインベーダーゲームが3次元化していった時の映像の衝撃はすごかった。その視覚体験は、美しいチョウを追い求めて捕まえたのと同じ感覚で、それさえあれば大丈夫だと思う。

本田 「何を体験するか」ではなく、「いかに体験するか」ということですね。現代の子供たちは情報ツールが多様化した中に生まれてきて、そこで自分を作っていくしかない。私も、かつての牧歌的な里山世界に今の子たちみんなを連れていくべきだとは思わない。

ただし、子供時代の体験の価値がちゃんと大人に認められているのかが気になる。子供が少なくなって接する機会が減り、彼らがワイワイガヤガヤした存在であるという当たり前のことが受け入れにくくなっている。最近では幼児の歓声を騒音と受け止める人すらいる。そんな大人が秩序の形成者になり、子供を忌避する社会となっているのではないか。

明治初期に日本にやってきたお雇い外国人たちが「日本人ほど子供を大切にする民族はいない」と感心して帰ったといわれているが、150〜160年前の歴史はどこへ行ってしまったのか。

福岡 全く同感。かつて子供だった大人が今、子供時代の驚きや感動に無関心になっている。だから私は早いうちに職業意識を高めようということにも反対。例えば昆虫少年が一生懸命調べたり、確かめにいったり、標本を作ったり、といった体験そのものが、その人がその後どんな職業についても、その人を支え続けるものになる。その過程で自分を大人扱いしてくれる大人に出会うという体験こそが大事だが、大人は効率や功利で子育てを考えている。

本田 流れに身を任せてひらひらしていたり、穴を掘ったり泥団子を作ったりと、何にもならないことに熱中しているのが子供の世界なのに、それが今、役に立たないと排除されようとしている。少ないからもっと丁寧に見つめてもいいのに、そうしないで早く大人にして、経済効果を上げさせようという流れになっている。

福岡 人口減少や少子化の問題を政治家は税収や労働力の面で見がちだが、むしろ問題なのは、子供に対する大人の目線が変わってきたことではないか。

本田 日本の為政者は少子化を国力の衰微と結びつけて考えてしまう。だが、もし労働力の問題として語るなら、女性や外国人を雇用するとか、定年をのばすとか解決策はある。

――どうして現に生きている子供そのものの価値が見えなくなったのか。

福岡 いい会社に入ればいい一生が送れるといった、チープで単線的な物語に大人がとらわれているからではないか。少子化の最大の被害者は、実は子供ではなく、子供時代を思い出しにくくなっている大人かもしれない。

本田 大人が変わるには、子供とたくさん接して、おもしろさを体験していくしかない。知識や断片として理解するのではなくて、トータルな存在として、手をつないだり、頭をなでたり、かみつかれたりしながら、分かっていくしかないのでは。

福岡 児童文学者の石井桃子さんの言葉に「子供を育てるということは、あなたがもう一度生き直すということ」というのがある。実際に育児をしろ、という意味だけではなく、子供と接するときに自分の幼年時代を思い出しながら新しい関係性をつくることが、大人になったあなたの人生を豊かにするということ。世界がままならないということを受容できるかは文化の成熟度による。子供と大人の関係も、本来ままならない。損得や因果関係の物語で子供を見るのでなく、生身の彼らをそのまま受容することが自らをも豊かにするという認識を持たないと。

――子を産まない大人が増えている。これは最大の子供の忌避ではないか。

福岡 少子化で触れ合う機会が減り、大人が子供の頃の追体験をすることがないから、子を持つ豊かさが想定できず、子を産まない・・・・・・。そんな負のスパイラルがある。

本田 痛いから産みたくないと女性が堂々と言える時代になった。産まないということが選択肢の一つとなっているのは悪いことではない。

福岡 利己的な遺伝子は自己複製することが唯一無二の目的だという考え方があるが、それは虚構だろう。子孫を残すための合理的な仕組みが生物の中にあるのは確かだが、遺伝子が「産め」と命じているわけではなく、産まないからといって早死にするわけでもない。多元的な生き方が尊重されるのはいいことだと思う。そうはいっても、それは選択肢の一つであり、子供を育てることで生き直せる、それは豊かなことだという世界観が前提としてあるべきだ。

 

◇ほんだ・ますこ お茶の水女子大学名誉教授・元学長。専門は児童文化論。著書に「異文化としての子ども」「子どもが忌避される時代」。近著は「それでも子どもは減っていく」。

◇ふくおか・しんいち 青山学院大学教授。分子生物学専攻。著書に「生物と無生物のあいだ」「動的平衡」「世界は分けてもわからない」。近著に「ルリボシカミキリの青」。